起業という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
厳しい競争、絶え間ない資金繰り、そして勝者と敗者が明確に分かれる「戦い」のイメージを持つ方も少なくないかもしれません。
しかし、もし起業が「戦い」ではなく、一つの壮大な「物語」を紡ぎ出す営みだとしたら、その景色は少し違って見えるのではないでしょうか。
本記事では、30年にわたり中小企業の現場に寄り添い続けてきた経営コンサルタント、高橋祥吾氏の視点を通して、この「物語」としての起業観を深掘りします。
リクルートでの挫折、独立、そして数々の企業再生を手がけてきた高橋氏の歩みは、まさに波乱万丈の物語そのものです。
その経験から紡ぎ出される「人間臭い経営」の言葉には、単なるノウハウを超えた、経営の本質に迫る響きがあります。
起業の原点:「敗北」から始まる物語
高橋祥吾氏の経営哲学の根底には、若き日の「敗北感」とも言える経験が深く刻まれています。
それは、後の独立への大きな原動力となりました。
リクルート時代の葛藤と学び
1989年、高橋氏は早稲田大学商学部を卒業後、株式会社リクルートに入社しました。
営業部門でキャリアをスタートさせ、その後企画部へ。
当時のリクルートは、新しい価値を次々と世に送り出し、社会に大きな影響を与えていた時代です。
高橋氏もまた、その熱気の中で多くのことを学び、ビジネスパーソンとしての土台を築いていきました。
しかし、組織の中で働くうちに、次第に自身のアイデアと会社の方向性との間に葛藤を感じる場面も増えていったと言います。
大きな組織の中で、個人の「やりたいこと」を形にすることの難しさを痛感する日々でした。
新規事業提案制度での挫折体験
転機となったのは、リクルート社内の新規事業提案制度「Ring」での経験です。
この制度は、「ゼクシィ」や「スタディサプリ」といった数々の有名事業を生み出した、リクルートのボトムアップ文化を象徴するものです。
高橋氏も自らのアイデアを胸に、この制度に挑戦しました。
しかし、結果は厳しいものでした。
年間1000件もの応募の中から、最終的に事業化に至るのはほんの一握り。
技術的な新規性だけでなく、「誰のどのような課題をどのように解決するのか」という提供価値が厳しく問われる場で、高橋氏の提案は承認を得ることができませんでした。
この経験は、高橋氏にとって大きな挫折感を伴うものでしたが、同時に重要な気づきをもたらしました。
「やりたいことは人に委ねられない」という気づき
新規事業提案が通らなかった経験を通して、高橋氏は「自分のやりたいことを人に委ねるのには限界がある」と痛感します。
組織の論理や他者の評価に左右されることなく、自らの信念に基づいて事業を創造したい。
その思いが、独立という新たな道を選択する大きな後押しとなりました。
この「敗北」とも言える経験こそが、高橋氏の「物語」の序章であり、後の経営コンサルタントとしての原点となったのです。
それは、単なる成功譚ではない、深みのある経営観を育むための、かけがえのない一歩でした。
独立と実践:経営のリアルに向き合う
リクルートでの経験を経て、「自分のやりたいことは自分で形にする」という決意を固めた高橋祥吾氏。
その思いは、1999年の株式会社リソースアーク設立へと繋がります。
ここから、中小企業の現場に深く分け入り、経営のリアルと向き合う日々が始まりました。
リソースアーク創業の背景と初期の苦労
高橋氏がリソースアークを立ち上げたのは、30代半ば。
「中小企業の事業承継と地域ブランディング」を専門領域に据え、コンサルティング業務を開始しました。
しかし、創業当初は決して順風満帆ではありませんでした。
大企業の看板を失い、一個人のコンサルタントとして信頼を得るまでには、地道な努力と時間が必要でした。
顧客開拓の難しさ、資金繰りの厳しさなど、多くの起業家が直面するであろう苦労も経験したと言います。
それでも、リクルート時代に培った営業力と企画力、そして何よりも「現場の役に立ちたい」という強い思いが、高橋氏を支えました。
地場企業との対話:再生支援の現場から
高橋氏のコンサルティングスタイルは、徹底した現場主義です。
机上の空論ではなく、実際に企業の中に入り込み、経営者や従業員と膝詰めで対話を重ねることを重視しています。
特に、事業承継に悩む地場の老舗企業の再生支援においては、その真価が発揮されました。
後継者不足、変化への対応の遅れ、長年培ってきた技術やブランドの埋没。
こうした課題を抱える企業に対し、高橋氏は単なる解決策を提示するだけでなく、その企業の歴史や文化、関わる人々の思いを丁寧に紐解いていきました。
「企業には、それぞれ固有の物語があります。その物語を深く理解し、未来へと繋いでいくお手伝いをすることが、私の役割だと考えています。」
高橋氏はそう語ります。
それは、数字やデータだけでは見えてこない、企業の魂に触れる作業でもありました。
「物語」としての経営支援の意味
高橋氏が提唱する「物語」としての経営支援とは、単に過去を美化することではありません。
企業の強みや価値の源泉を再発見し、それを未来に向けた成長の駆動力へと転換させるプロセスです。
例えば、ある老舗企業では、時代遅れとされていた伝統技術の中に、現代のニーズに合致する新たな価値を見出し、新商品開発に繋げたケースがあります。
また、別の企業では、創業者の理念や苦労の歴史を社員全員で共有することで、組織の一体感を高め、変革へのモチベーションを引き出すことに成功しました。
これらの支援は、まさに企業の「物語」を再編集し、新たな章を書き加える作業と言えるでしょう。
高橋氏は、その「語り部」であり、また「編集者」としての役割を担ってきたのです。
「戦い」ではなく「物語」としての起業
多くの人が起業を「戦い」と捉えがちですが、高橋祥吾氏は異なる視点を提示します。
それは、企業活動を一つの「物語」として捉え、その時間軸の中で価値を創造していくという考え方です。
経営における「勝ち負け」思考の限界
短期的な利益や市場シェアの獲得を目指す「勝ち負け」の思考は、時として企業を疲弊させ、本質的な価値を見失わせることがあります。
もちろん、競争環境の中で企業が存続していくためには、一定の成果を上げることは不可欠です。
しかし、高橋氏は、それだけが経営の全てではないと指摘します。
- 短期的な成功の罠: 目先の勝利に囚われると、長期的な視点や持続可能性を見失うリスクがある。
- 過度な競争意識: 他社との比較ばかりに目を向けると、自社独自の強みや個性が埋没してしまう。
- 疲弊する組織: 常に「戦い」の状態にあると、従業員のモチベーションが低下し、創造性が失われやすい。
「勝ち負け」に固執するのではなく、自社が社会に対してどのような価値を提供し、どのような物語を紡いでいきたいのか。
その問いこそが、持続的な成長の鍵となると高橋氏は考えています。
企業と人の「時間軸」を編む視点
企業は、創業から成長、成熟、そして時には再生や承継といった長い時間軸の中で存在します。
その過程には、多くの人々が関わり、それぞれの思いや人生が交錯します。
高橋氏の言う「物語」としての経営とは、この企業と人の「時間軸」を丁寧に編み上げていく作業に他なりません。
企業の歴史を未来の力に
創業の精神、乗り越えてきた困難、培ってきた技術や信頼。
これらはすべて、企業の「物語」を構成する重要な要素です。
過去を単なる記録としてではなく、未来を照らす灯火として捉え直すことで、新たな価値創造のヒントが見えてきます。
関わる人々の思いを紡ぐ
経営者、従業員、顧客、取引先、地域社会。
企業を取り巻くすべての人々が、その「物語」の登場人物です。
それぞれの立場や思いを尊重し、共感し合える関係性を築くことが、物語を豊かにし、企業を強くします。
経営者は「語り手」であり「聴き手」である
「物語」としての経営を実践する上で、経営者には二つの重要な役割が求められると高橋氏は言います。
それは、「語り手」として企業のビジョンや価値を魅力的に伝える力と、「聴き手」として内外の声に真摯に耳を傾ける姿勢です。
1. 語り手としての役割
企業の理念や目指す未来を、共感を呼ぶストーリーとして社内外に発信する。
従業員のモチベーションを高め、顧客のロイヤルティを育む。
2. 聴き手としての役割
従業員の意見や顧客のニーズ、市場の変化を敏感に察知する。
多様な声を取り入れ、企業の「物語」をより豊かで共感性の高いものへと進化させる。
この二つの役割をバランス良く果たすことで、企業は生き生きとした「物語」を紡ぎ続け、多くの人々を惹きつける存在となるのです。
囲碁と経営:静かな戦略と思考の重なり
高橋祥吾氏の趣味の一つに「囲碁」があります。
一見、経営とはかけ離れた世界に見えるかもしれませんが、高橋氏は囲碁の盤上に、経営に通じる多くの示唆を見出しています。
静かな盤面で繰り広げられる思考の戦いは、まさに経営戦略そのものと重なる部分があるのです。
囲碁の魅力と経営の共通点
囲碁は、白と黒の石を交互に盤上に配置し、最終的に自分の陣地の広さを競うゲームです。
その魅力は、ルールのシンプルさとは裏腹に、無限とも言える奥深い戦略性にあります。
高橋氏は、この囲碁の特性と経営には多くの共通点があると語ります。
囲碁の要素 | 経営における対応要素 |
---|---|
布石(ふせき) | 長期的な視点に立った事業計画、初期投資、市場への参入戦略 |
読み | 市場分析、競合の動向予測、リスク管理、将来予測 |
大局観 | 全体最適の視点、経営ビジョン、事業ポートフォリオのバランス |
攻めと守り | 新規事業展開と既存事業の強化、リスクテイクと安定経営 |
形勢判断 | 自社の強み・弱みの把握、市場におけるポジショニング分析 |
これらの要素は、囲碁においても経営においても、成功を左右する重要なポイントとなります。
読み合いと布石:長期的視野の重要性
囲碁では、目先の一手だけでなく、数十手先、あるいは終局までを見据えた「読み」が求められます。
序盤に打つ「布石」は、すぐには効果が現れなくても、将来的に大きな勢力圏を築くための重要な一手となります。
これは、経営における長期的な視点の重要性と酷似しています。
短期的な利益に一喜一憂するのではなく、数年後、数十年後を見据えた戦略を立て、着実に布石を打っていく。
その積み重ねが、企業の持続的な成長に繋がるのです。
高橋氏は、コンサルティングの現場でも、この「布石」の考え方を重視しています。
例えば、事業承継においては、後継者の育成や関係先との信頼構築など、時間をかけて丁寧に取り組むべき課題が多くあります。
これらはまさに、未来のための「布石」と言えるでしょう。
感情と理性のバランスをどう保つか
囲碁は高度な知的ゲームであると同時に、対局者の心理状態が勝敗に大きく影響するゲームでもあります。
焦りや慢心、恐怖といった感情は、冷静な判断を鈍らせ、悪手を招くことがあります。
経営もまた同様です。
市場の急変、予期せぬトラブル、人間関係の軋轢など、経営者の感情を揺さぶる出来事は絶えません。
そのような状況下でも、冷静に状況を分析し、合理的な判断を下すためには、感情と理性のバランスを保つことが不可欠です。
高橋氏は、囲碁を通じて、このバランス感覚を養ってきたと言います。
盤面全体を俯瞰し、一時的な感情に流されず、最善の一手を探求する。
その訓練が、複雑な経営課題に直面した際の冷静な判断力に繋がっているのかもしれません。
囲碁の盤上での静かな思考の積み重ねは、高橋氏の経営哲学に深みを与え、クライアント企業への的確なアドバイスの源泉となっているのです。
次世代へのバトン:「経験を語る」ことの責任
30年にわたり経営の最前線に立ち続けてきた高橋祥吾氏。
その視線は今、次世代の起業家たちへと注がれています。
自身の経験をいかにして伝え、彼らの「物語」を育む手助けができるか。
そこには、「経験を語る」ことへの深い責任感が込められています。
若手起業家に必要な「物語力」とは
高橋氏は、これからの時代を担う若手起業家にとって、特に重要になるのが「物語力」だと語ります。
「物語力」とは、単に面白い話をする能力ではありません。
それは、以下の要素を統合した力と言えるでしょう。
- ビジョンを語る力: 自社が何を目指し、社会にどのような価値を提供したいのかを、共感を呼ぶストーリーとして明確に伝える力。
- 共感を呼ぶ力: 顧客、従業員、投資家など、関わる人々の心に響き、応援したいと思わせる人間的な魅力や情熱。
- 困難を乗り越える物語を紡ぐ力: 失敗や逆境を経験した際に、それを成長の糧とし、新たな展開を生み出す前向きな姿勢。
- 多様な価値観を繋ぐ力: 変化の激しい時代において、異なる背景を持つ人々と協力し、共通の目標に向かって進むためのコミュニケーション能力。
これらの「物語力」を磨くことが、不確実な未来を切り拓き、持続可能な事業を築く上で不可欠になると高橋氏は考えています。
若手起業家が目指すべきリーダーシップや、独自の哲学を持って組織をまとめ上げる力は、多様な形で存在します。
例えば、情熱とリーダーシップで「和心」を体現し、多くの人々に影響を与えている森智宏氏の人物像やその取り組みに触れることも、自らの「物語」を紡ぐ上での一つのヒントになるかもしれません。
参考: 森智宏氏のプロフィール
事業承継の本質は「関係性の継承」
高橋氏の専門分野の一つである事業承継。
単に株式や資産を引き継ぐだけでなく、その本質は「関係性の継承」にあると強調します。
企業が長年培ってきたものは、目に見える資産だけではありません。
従業員との信頼関係、顧客や取引先との絆、地域社会との繋がり。
これらの「見えざる資産」こそが、企業の真の価値であり、円滑な事業承継の鍵を握ります。
後継者は、これらの関係性を深く理解し、それを守り育てていく責任があります。
それは、先代が紡いできた物語を受け継ぎ、新たなページを書き加えていく作業に他なりません。
高橋氏は、この「関係性の継承」を丁寧にサポートすることで、企業の「物語」が途切れることなく未来へと続いていくことを目指しています。
教えるのではなく、共に考える姿勢
次世代への経験の伝達において、高橋氏が大切にしているのは、「教える」のではなく「共に考える」という姿勢です。
一方的に知識やノウハウを押し付けるのではなく、若手起業家自身の内なる声に耳を傾け、彼らが自ら答えを見つけ出す手助けをすること。
「私の経験は、あくまで過去の一つの事例に過ぎません。大切なのは、彼らが自身の状況の中で、自身の言葉で、自身の物語を紡いでいくことです。」
高橋氏は、伴走者として、時には問いを投げかけ、時にはそっと背中を押しながら、次世代の起業家たちがそれぞれの「物語」を力強く描いていくことを支援しています。
それは、自身の原点を問い直し、「経験を伝える責任」を果たすための、誠実な取り組みなのです。
まとめ
高橋祥吾氏の経営観を通して見えてくるのは、「人を中心に据えた起業」の姿です。
それは、単なる利益追求や市場競争の「戦い」ではなく、関わる人々の思いや人生が織りなす「物語」を大切にする経営のあり方と言えるでしょう。
高橋祥吾の経営観から見える「人を中心に据えた起業」
リクルート時代の挫折から始まり、独立、そして数々の中小企業支援に至るまで、高橋氏の歩みは常に「人」と向き合うことの連続でした。
企業の課題解決においても、その根底にあるのは経営者や従業員の感情の機微を拾い上げ、共感し、共に未来を考える姿勢です。
この「人を中心に据える」という視点は、AIやテクノロジーが進化する現代において、ますますその重要性を増しています。
効率化や自動化が進む中でも、最終的にビジネスを動かし、価値を創造するのは「人」の力であり、その「人」の心を動かす「物語」の力なのです。
「物語」として生きる企業のあり方とは
企業が「物語」として生きるとは、どういうことでしょうか。
それは、以下のような要素を持つ企業像と言えるかもしれません。
- 明確な存在意義(パーパス)を持つ: なぜこの事業を行うのか、社会にどのような貢献をしたいのかという問いに対する答えが、企業の行動の軸となる。
- 共感を呼ぶストーリーを持つ: 創業の経緯、困難を乗り越えた経験、製品やサービスに込められた思いなどが、関わる人々の心を惹きつける。
- 関わる人々と共に成長する: 従業員、顧客、地域社会など、ステークホルダーとの良好な関係を築き、共に価値を創造し、成長していく。
- 変化を恐れず進化し続ける: 時代や環境の変化に対応し、常に新しい章を書き加えながら、その物語を未来へと繋いでいく。
このような企業は、単なる経済活動の主体としてだけでなく、社会の中で意味のある存在として、多くの人々に支持され、愛され続けるでしょう。
起業家へのメッセージ:あなたの物語をどう紡ぐか
最後に、これから起業を目指す方、あるいは既に経営の道を歩んでいる方へ。
高橋祥吾氏の言葉は、私たちにこう問いかけているのかもしれません。
「あなたの物語を、どう紡ぎますか?」
それは、誰かの模倣ではない、あなた自身の言葉で語られるべき、唯一無二の物語です。
困難や葛藤もあるでしょう。
しかし、それら全てが、あなたの物語をより深く、より魅力的なものにしてくれるはずです。
囲碁の盤面のように、先を読み、布石を打ち、時には大胆な一手も必要かもしれません。
しかし、最も大切なのは、あなたがその物語の主人公として、誠実に、情熱を持って、一歩一歩進んでいくことではないでしょうか。
あなたの物語が、多くの人々に勇気と感動を与え、より良い未来を築く一助となることを願って。